-- May 21, 2010 2:55 PM --

私は生来重度の泣き虫である。
まだ子供の時分、父にこう言われた...。
なぜお前はそんなに泣くのか?
と...。
私は言う。
そんな事は知るか...泣きたくて泣いてる訳ではない。
頭の頂点が勝手に爆発するのだ!
...
という事でニューアルバムのリリースにあたって戯れ言を少しだけ。
まず本アルバムは前回のアルバムからの制作システムを変更し、約三年前から一年前までの期間に制作した音楽だけで構築した。
いつだって私の音楽の創り方はいたって単純で、ようするにその瞬間、サイキの頂点にて泣きじゃくっているのである。
言葉に置き換える事のできぬ炸裂した感情とエネルギー、深層心理etcを即興的=反射的に音楽として具現化する。
無論其処に下らない理論だったり、植え付けられただけの既成概念を基とした、わざとらしく普遍的な音のシチナラベ、
太い太くないだの観点など毛頭ない。ただただ純粋に、その瞬間の私が絶対無であるかないかの話である。
読んで字のごとく音楽は楽しんでいるからこそ、音楽と言えるし、それは生粋のJazzでありRockである。
若干専門的の話にはなるが、今回のアルバムは私からリスナーへの直送便である。
というのも通常一般的に世の商業的音楽というものは、まずアーティストが創った音を加工するエンジニアを通す。
この作業をミックスダウン、トラックダウンといって、要するに音を太くしたり、整えたり、どこで鳴っているかを調整する。 次にまた別のエンジニアとの作業、マスタリングがあって、これはどのようなスピーカーやイヤホンでもほぼ同じように、
平均的に聞こえるように音全体の鳴りを調整する。こういった作業工程はあらゆる芸術的創造物の中で音楽にしかない作業工程であり、 ゆえに自分としては一番歯がゆく悩める部分と言える。
正直なところ私は自分がよければそれでいい音楽家であるがゆえに、人の脳と耳によって補正されてできた音がどうしてもしっくりこない。
どうしても自分にとっての気持ちよさが失われてしまう...。新たに生まれる部分があれば、失われる部分があるのは全てにおいての理であるが...。 という事で今回のアルバムに関しては、己の未熟な部分、衝動的ゆえに生じた部分を無理に取り繕う事なく、一番自分にとって自然な作品でのリリースと決めた。
芸術は未完成が美しい...これはとあるインタビューにて宮崎駿氏も唱えた持論であるが、この記事を読んだ時の私は、"さすがは氏"と鼻高々に想ったものである。(笑
結局音楽なんてものは、聞くときのその瞬間のその人の心の在り方次第で如何様にも変わるもので、元気な時は元気がでる曲が、哀しい時には哀しい曲が、
生きる喜びに溢れる時には喜びの歌が、美しい朝には美しい曲がいいのであって、ふとした瞬間にピタッと作者の心とシンクロ。同調。心の周波数。
そんな単純な事すらも閉じ込めて、聴くではなく視る事しかできないマイナスな人間には、私の音楽は到底響かない。
だが欲言えば、あらゆる心の壁をぶっ壊すほどのエネルギーを秘めた音楽を具現化するために、日々どんな瞬間も右往左往しながら精進していたいと心から想う。
もし仮にこの人生があらゆる創造物に純粋に感動できぬような人生になってしまったのであれば、私にとっての生きる意味そのものがなくなったも同然である。
なぜならばその一瞬が到達する感情と言えぬ感情がもたらす空白の瞬間が、自分にとって何よりも尊い時間だから。生きる喜びであり、それが私の全てだから。
だが逆に此処日本の音楽業界、オーバーでもアンダーでも変わりはなく、うだうだと定説の理論だけを重ね、下らないプライドだけを身にまとった俗人、もしくは商売人ばかりの事実には、もう遥か昔から辟易される。それこそあくまで個々の人間性にもよるが、人間、歳を重ねれば重なるほどに、必要ない知識や下らぬ経験論、糞みたいな真理製造機、
己が創りだしただけの固定概念が、気づかぬうちに、心眼を曇らせる。誰もがそうではないという確信を胸に、社会に溢れるあらゆる体制を拒み、ただ自由でありたいと願う童心を心の奥底に持っていたにも関わらず、いつしか生きる意味を達観し、何もかもを斜めに疑って、結局何もできぬままの無神論者=隣の観察者に変わりゆくのはなんとも悲しくて不便な此処日本国での負の連鎖なのだろうと、東京で生まれ育ち、この国で過ごしてきて心からそう想う。
音楽含めあらゆる創造物なんてものは、それを斜めに視たその時点で、自分の精神及び生きる姿勢が体制側に傾いてる事すらも気づかずに...。
ただ単純に無心で笑い、最も素直な感情で過ごす事すら出来ぬ人間とはなんて不便で哀しい生き物なのだろうと。
裸で走り回る事すらもできぬ演出された人間性そのものがなんて下らぬくつまらない人生なのだろうと..。溢れかえる情報、オカルト、この世の真理を全て知り得てなおそれをあざ笑い、ただ真っすぐに生きる姿勢がどれだけ重要かと。
だからといって私は全てに対して悲観的にはならない。
これは間違いだ。と素直に思った事を少しづつでも変えるために、真心を持った本当の行動で示せるのであれば、現実は変わる。
そして"それ"こそが私が音楽を創る全ての動機と原動力である。
Keep your realtiy.
シニカルを笑え。
そして生きるなら笑おう。
それこそが、今を生きる人間が、過去から現在を紡ぎ、今もなお奪われゆく全生命への最大で唯一のリスペクトである。
誰もが一度は持っていたはずの、最も無垢で原始的な感情を無くさずに、炸裂、シンクロしたその瞬間を頂点に、
ただただ自由と太陽を真ん中に前だけを向いて進む。
其処に誰もの自然な笑顔が溢れるのであれば、きっと恐れるものも疑う事も何もない。
変革、新人間進化論、よりよいこの国と地球の輝かしい未来を夢見て、それだけで今日も私は生きるのだ。
だからとまでは言わないが、これを読んでいる貴方も、私の音楽をたった一人きりの最も貴方らしい甘美な時間に、
考えること自体を忘れるほどに、どっぷりとシンクロしてくれたのであれば、それは私にとって何よりも幸いである。
5月病を吹き飛ばせ
とのタイトルではあるが、もし仮に5月病なんて言葉自体がなかったのであれば病める人なんていなかったという事で
これすなわちそのものが当局及び薬局の現代的罠である。
だってこんなにも植物やあらゆる森羅万象の色彩が、鮮やかに美しい季節は今しかないもんね!(笑)
と気づけば小論文みたいになってしまいましたが、結局は十人十色。気分を害された方は申し訳ない。
あくまで全ては私の価値観であり、もうすでに、他人に押し付ける気はさらさらない。
ただね、理想を追求しないで生きて、何が人間か...とね。
語らぬ阿呆。語りすぎの馬鹿。ならば私はいつだって大馬鹿者でありたいと心から想う。
あらゆる思考や想像は、行動におこしてこそ意味がついてくるものだから。
-- May 6, 2010 11:59 PM --
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早いもので今年ももう5月。太陽に照らされた新緑がただただ鮮やかに、、、
うーん、いい季節。
ホント自然と地球に感謝です。
ところでGWももう終盤?ですが、明後日の5月8日は、ホーランド6人+ARUTO君と7人で静岡に出張です。もう遥か昔、酔処静岡にていきなり声をかけてくれたスーパーナイスガイ"ただし君"のパーティーでチルチル満ちる。
彼は生粋のスケーターであり、フィルマーでもあり、映像や様々なアートワークも手掛ける才人。なおかつ懐が深く、とてーも暖かい人。パーティー自体は8日ですが、同ビル内にてアートのエキシビジョンを数日間もやってるようなので、近郊の人はぜひ遊びにきてね!
何卒晴れますよーに!
Kouta Andou